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神戸地方裁判所 昭和59年(わ)420号 判決 1984年7月30日

被告人 マルロ・オレタ・ベルノス

一九五九・三・一〇生 船員

主文

被告人を懲役五年に処する。

未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

神戸地方検察庁で保管中の回転弾倉式けん銃六七丁(証拠略)並びにけん銃用実包七箱合計三二八発(証拠略)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、フイリピン籍の貨物船イースタンポラリス号の船員(甲板員)であるところ、マニー・フエーバス及びジミー・サントスらとけん銃及びけん銃用実包を本邦に密輸入することを企て、昭和五九年四月一九日ころフイリピン共和国マニラ港で回転弾倉式密造けん銃五九丁を、同月三〇日ころ同国セブ港で右同様のけん銃八丁及びけん銃用実包三二八発を、いずれも右マニー・フエーバスあるいはその配下の者から同船に持込まれたのを受け取り、けん銃八丁と実包三二八発は自分の船室内ソフアーの下の収納庫の底板の下に、けん銃五九丁はボストンバツク二個につめられているのを同船後部第三中甲板右舷ハツチ付近の天井の梁にそれぞれ隠匿したうえ、同船に乗り組んだまま同年五月一日右セブ港を出て本邦に向い、同船は同月八日午前九時五五分ころ神戸市灘区摩耶埠頭一番神戸港摩耶埠頭第三突堤先端に接岸したものであるが、

被告人は、前記マニー・フエーバス及びジミー・サントスらと共謀のうえ、

第一  法定の除外事由がないのに、右五月八日午前一〇時ころ右接岸した同船内において、右けん銃合計六七丁及び火薬類であるけん銃用実包三二八発(主文三項の各物件)を所持した

第二  外国から本邦に到着した貨物である右けん銃合計六七丁及びけん銃用実包三二八発を陸揚げし、関税線を越えて本邦に引取る意思であつたのに、同日同時刻ころ、右接岸した同船内において、船上通関のため来船した神戸税関係員に対し、同船船長を介して、予め作成した、右貨物の携帯事実を秘し、陸揚輸入携帯品はないとする虚偽の乗組員携帯品申告書を提出し、もつてこれらを税関長の許可を受けないで輸入しようとしたが、同日午前一一時ころ同係員による船内検査でうちけん銃五九丁が、同日午後三時二〇分ころ税関係官による船内捜査で残りのけん銃八丁及び実包三二八発が順次発見されたためその目的を遂げなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

罰条 第一事実につき

けん銃所持の点は、銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項、刑法六〇条

実包所持の点は、火薬類取締法五九条二号、二一条、刑法六〇条

第二事実につき

関税法一一一条二項、一項、六七条、刑法六〇条

科刑上一罪の処理(第一事実につき)

刑法五四条一項前段、一〇条(重いけん銃所持の罪の刑で処断する。)

刑種の選択 第一、第二の罪につきいずれも懲役刑を選択する。

併合罪加重 刑法四五条前段、四七条(本文、但書)、一〇条(重い第一の罪の刑に法定の加重をする。)

未決勾留日数の算入

刑法二一条

没収 関税法一一八条一項、三項一号のハ、刑法一九条一項一号、二項(主文三項の各物件を判示第二の犯罪に係る貨物(輸入制限貨物等)として、またそのうちけん銃六七丁は判示第一のけん銃所持の犯行を組成した物として、実包三二八発は同実包所持の犯行を組成した物として没収する。)

なお、右各物件は被告人以外の者(ただし犯人)の所有に属するものと認められるが、その者の所在がわからないため、又はその他の理由によつて刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法二条一項の告知をすることができず、かつ右物件の価額が五千円に満たないことが明らかであるとして、同条二項但書の掲示をした検察官の判断と措置は相当であると思料することができる。

訴訟費用 刑訴法一八一条一項但書(被告人に負担させない。)

(けん銃輸入未遂の主位的訴因を認めなかつた理由等)

本件におけるけん銃輸入未遂の主位的訴因は、「被告人は、フイリピン船籍イースタンポラリス号の船員であるが、マニー・フエーバスほか数名と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに営利の目的で、けん銃を本邦に輸入しようと企て、昭和五九年四月一九日ころフイリピン共和国マニラ港でけん銃五九丁を、同月三〇日ころ同国セブ港でけん銃八丁を同船に積込み、同船後部ハツチ内等に隠匿したうえ同船に乗船して本邦に向け出港し、同年五月八日午前九時五五分ころ神戸市灘区摩耶埠頭一番神戸港摩耶埠頭第三突堤に接岸し、かつ、そのころ船上通関のため来船した神戸税関係員に対し同船船長を介して、予め作成した、乗組員としての輸入携帯品はない旨の乗組員携帯品申告書を提出し、もつて右けん銃合計六七丁を輸入しようとしたが、同日右税関係員によりこれを発見されたためその目的を遂げなかつたものである(銃砲刀剣類所持等取締法三一条三項、二項、三条の二該当)。」というのである。そして検察官は、「一般に領海外でけん銃を船舶に積込み、本邦に向けて出航した時点でけん銃輸入の実行の着手があつたというべきであり、仮にそうでないとしても、本件の事案においては、本件船舶が本邦の領海内に入り、神戸港に接岸し、船長を介して船上通関のための申告書を税関係員に提出した時点で、本邦に密輸入される危険性が十分にあり、陸揚げに向けてこれに密着した行為が開始されたというべく、実行の着手があつたとみることができる」旨主張している。

そこで検討をするに、以下のとおりである。

銃砲刀剣類所持等取締法三条の二のけん銃の「輸入」は、外国から本邦に到来したけん銃を、その輸送手段である船舶または航空機から陸揚げし、あるいは取りおろすなどして本邦領土(ただし、これと同視すべき船舶等もあり得るであろう。)上に持込むことによつて既遂に達するのである。海路船舶による輸入の場合を考えると、けん銃の輸入が実現するまでには、外国での船舶内への積込み(持込み)、本邦へ向けての出港、航海、本邦領海内への到達、領土への接岸、陸揚げという一連の経過が通常想定されるが、右のとおり輸入は陸揚げ(ただし、これと同視すべき取りおろし等もあり得るであろう。)によつて既遂に達するのであるから、これら一連の経過の中で陸揚げに必然的に結びつく行為が行なわれたとき、言いかえれば、その後において特に障害が発生したり、犯人が陸揚げの意思を途中で放棄したりしないかぎり、陸揚げという結果が必然的に実現される行為が行なわれたときに輸入の実行の着手があつたと考えるのが相当である。しかし、何をもつて必然的に陸揚げに結びつく行為とみるかは、事案によつて様々であつて一律に決することはできない。たとえば、本邦に到着すれば当然に陸揚げされる一般貨物の中にけん銃を隠匿しているような場合には、この貨物を積載した貨物船が本邦に向けて出航しさえすれば、その後特に障害が生じないかぎりけん銃は必然的に陸揚げされるから、すでにその時点で輸入の実行の着手があつたといえる(旅客機の乗客がけん銃を入れた携帯荷物を機内預けにした場合もまつたく同様に考えることができる。)のであり、本邦の港で下船上陸すべき乗客が下船時に携帯して輸入するつもりのけん銃を持つて乗船した場合には、その乗客を乗せた客船が本邦に向けて出航しさえすれば、途中でその意思を放棄しないかぎりけん銃は右下船にともなつて必然的に陸揚げされるから、やはりその時点で輸入の実行の着手があつたとみるのが相当であろう(このことは旅客機の乗客の場合においてはより明白である。)が、船舶の乗組員が船舶内でけん銃を携帯所持している場合には以上のような場合と同一にみることはできない。なぜなら、乗組員は本邦の目的地に船舶が到着し接岸しても、乗客のように下船上陸する必然性は必ずしもないし、ただけん銃を携帯所持しているだけでは、携帯上陸以外の方法でけん銃の陸揚げが実現する必然性も必ずしもないからである。したがつて、いまだ陸揚げ行為の開始に至つていない以上、本邦の目的地に到着接岸した外国からの船舶内でその乗組員がいつでも持出せる状態で輸入すべきけん銃を所持しているような事例にあつても、これを目して輸入の実行着手があつたと言い得るがためには、該けん銃が主観的、客観的に陸揚げされることが必然であると見るに足りる何らかの事情がなければならないというべきである。すなわち、犯人において他になんらの行為を必要とすることなく陸揚げのための条件が整い、ただ所定の時刻の到来を待つとか、発覚されがたい機会をうかがうとかの行為に出た場合、あるいは、陸揚げに密着した行為をして輸入の態勢を整えた場合などのように該けん銃の陸揚げが必然化したといえる事情が認められるときに初めて右のような状況を目して輸入の実行着手があつたと言い得ることになるのである。

本件についてこれをみるに、被告人は本件船舶の乗組員であるところ、フイリピンで同船舶に持込まれた本件けん銃六七丁を同船舶内で隠匿所持し、セブ港を出発して本邦に到着し、同船舶はすでに神戸港で接岸し、右けん銃のうち三一丁と二八丁はそれぞれボストンバツグに入れられて後部ハツチ付近の天井の梁の上に置かれ、八丁は被告人の船室内ソフアーの下の収納庫の底板と床の間に置かれ、これらはいつでも船外に持出させる状態にあつたと認められるのであるが、被告人は事前に、共犯者マニー・フエーバスからは「日本の港に着いたらジミー・サントスが船に連絡してくる。けん銃をジミーかジミーの仲間に渡してくれ。」と言われ、また共犯者ジミー・サントスとの間では「船は五月八日に神戸に着く予定であるが、神戸に着いたらジミーが船に電話で連絡する。もし連絡できないときはその日の午後五時に同市内の神戸プラザホテルで待合わせよう。もし時間の都合で神戸で会えなかつたら、その後の寄港先である横浜のオーデイオシヨツピングセンターで会おう。」と打合わせていた(ちなみに、同船は五月八日の午後五時には神戸港を出港して飾磨港に向い、その後横浜、神戸等に寄港する予定であつた。)ものであるところ、同船舶はまだ神戸港に接岸したばかりで、ジミー・サントスからの電話連絡はもちろん、被告人が上陸したり同人と会つたりすることもいまだしておらず、同人と連絡がついて打合せをするまでは、いつどこの港でいかなる方法でけん銃を陸揚げするのかはまつたく不明であり、果してジミー・サントスが来日しているのか否かもわからない状態であり、いまだ陸揚げの条件は整つておらず、被告人としても、ジミー・サントスと連絡がつくまでにけん銃を陸揚げする意思はなく、他に陸揚げのための準備行動に一切出ていなかつた(検察官は、被告人が陸揚輸入携帯品はない旨の乗組員携帯品申告書を税関係員に提出したことをもつて右準備行動をした旨主張しているが、右申告書を提出してもけん銃陸揚げのための行動は何もしていないのと同じであつて、この主張は失当である。)のであるから、本件けん銃の本邦への陸揚げはいまだ必然化していなかつたというべきである。したがつて本件事案においてはけん銃輸入の実行の着手があつたと認めることはできない。

なお、関税法所定の無許可輸入の点については、関税法によれば、外国から本邦に到着した貨物を本邦に(保税地域を経由するものについては、保税地域を経て本邦に)引取ろうとする者は、貨物の品名・数量等を税関長に申告し、必要な検査を経てその許可を受けなければならないとされ、右許可を受けないで貨物を本邦に引取つた者は無許可輸入罪として処罰する旨定められているところ、本件事案のように、外国から本邦に到着した船舶の乗組員が、その携帯貨物を陸揚げし関税線を越えて本邦内に引取る意思を有しながら、接岸後税関係員による船上通関の手続が行なわれ、引続き船内検査の行なわれることが予定されている入港尋問の段階で、右貨物の携帯事実を秘した乗組員携帯品申告書を同係員に提出すれば、その時点で関税線突破に向けての行為が開始され、無許可輸入の危険性が現実化したものというべきであるから、前記けん銃輸入の実行の着手にはいまだ至っていなかつたとしても、右時点で無許可輸入の実行の着手があつたと解するのが相当である。

(量刑の事情)

本件は、我が国の港に接岸した船舶内において、六七丁というきわめて大量のけん銃と三二八発という大量のけん銃用実包を、我が国内に密輸入する目的で隠匿所持し、かつ船上通関に赴いた税関係員の目をごまかそうとした悪質事犯である。そのこと自体が社会に対する脅威であり、市民に与えた衝撃も大きいが、これらのけん銃、実包の密輸入が実現しておれば、これらは暴力団員等の手に渡り、抗争事件その他の暴力事犯を数多く引きおこし、その結果多くの人命、身体が危険にさらされることになるのは容易に予測されるところである。我が国は、人殺しの道具であるけん銃に対する憎悪、忌避の念が強く、多くの国費と労力を費してけん銃所持等の事犯を取締まり、これによつて国内の平和と安全を確保すべく努力し、またその成果をあげているのであるが、本件犯行は、こうした国民の努力に対する悪質な挑戦ででもある。

また、被告人の共犯者間における役割は、マニー・フエーバス及びその一味によつて船舶内に持込まれた本件けん銃及び実包を、単独で隠匿、管理し、本邦に到着接岸後はこれをジミー・サントスまたはその一味に引渡すことにあつたのであるが、被告人は、右マニーらとはかねてから交際があり、同人らの話などから、同人らが以前から組織的にけん銃の密輸を行つているということ、及び、その一味として運搬役を担当していた某船員が我が国の税関に目をつけられていることなどを知つており、今回首謀者であるマニー・フエーバスから、無事にジミーに届いたらそれ相当の報酬を与えるからとして運搬役を依頼されるや、右某船員では危険であるところからその代りとして自分に目をつけられたということを十分に理解しながら、多額の報酬を期待してこれを引受け、右密輸組織に加味、加担して本件犯行に及んだものであり、その地位と役割は単純な偶発的運搬役のそれを超えるものがあり、また犯行の動機においても同情できる点はない。

以上によれば被告人の刑責は重大である。本件けん銃等は陸揚げ前に発見、押収され、したがつて犯行は船舶内における所持の段階にとどまつていること、ジミー・サントスらの日本における行動が不明であるところから、陸揚げの危険性がさらに具体的にどこまで切迫していたのかは明らかでないこと、犯行における被告人の地位と役割は前記した程度のものであり、また本邦に到着後も被告人自身が陸揚げの準備をした事実はなかつたこと、被告人は日本においても本国においても刑事罰を科せられた事実はなく、前途のある青年であり、今では本件を十分に反省し、また被告人の家族(母と妹)が被告人の帰るのを本国で待つていること等被告人に有利な諸事情を考慮しても、主文の量刑はやむを得ないと思料される。

(裁判官 岡本健 武部吉昭 三木昌之)

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